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2022/07/20

完璧なショットを打つプレーヤーが敗者になった

完璧なショットを打つプレーヤーが敗者になった

 

 

 

 

完璧なショットを打つプレーヤーが優勝出来ませんでした。

ポスト・ウッズ時代の担い手である、

ローリー・マキロイは最終日、グリーンを一発も外さずに「完璧なショット」を打ち続けました。

にもかかわらず、キャメロン・スミスに1日で6打差もつけられました。

 

これは事件です。(笑)

 

昨今のテクノロジーの進化で、ツアープレーヤーたちのドライバーショットは飛躍的に伸びました。

これは、クラブ本体の素材の進化だつたり、ボールの進化だったり、それら道具に合わせたスイングの進化だったり、空気抵抗や各種の変数の最適解をもたらす数値解析装置だったりの役割によるものです。

 

これにより、ドライバーに求められるスイングと、アプローチに求められるスイングがそれぞれ違うのは当たり前だよねという自然な成り行きを示しています。

 

とりわけ、ドライバーをはじめとした、フルスイング系のショットに関しては、最適解にかなり近づいているようです。

 

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野球やテニスのように対人競技ではないのもあって、スイングは最適解に収束しつつあり、

それによりどこで差をつけるかはショートゲームになるという当然の帰結になりそうです。

 

この6打差をつけたものは、

間違いなく『パッティング』です。

 

これからはパッティングの技術がハッキリと実力の差を分ける時代になるでしょう。

 

しかし、パッティングでやっかいなのは、

【パッティングは練習すればするほど上手くなるとは限らない】

というところです。

 

僕はコレがなぜなのかということについて長年研究してきました。

 

構え(セットアップ)

動き(身体・クラブ)

物理現象(数値)

機能解剖学

神経科学

行動遺伝学

進化心理学

 

あたりとの答え合わせが進み、

 

やっと、他業種、多方面からのご協力もあって、ようやくその理由が見えてきました。

 

これからは、

『じゃあどうするの?』

というところの課題に進んでいきます。

 

 

 

 

 

 

2022/07/18

The O pen 2022 チャンピオン キャメロン・スミス

The O pen 2022 チャンピオン キャメロン・スミス

 

 

何と言ってもパッティング、凄すぎる

 

これからのチャンピオンの条件をまざまざと見せつけた感じですね。

 

個人的には、以前のジョーダン・スピースの『ブラック・アウト』発言の状態なのかなと思いました。

 

ストロークスタイルも、

ヘッド・シャフトの動きも、

パター形状も、

全てが、

研究している「練習すればするほど上手くなるパッティング」(バッティングは練習しすぎると『ゲシュタルト崩壊』する事がある)と完全に当てはまっているので、

発表をすべきこれからに、

個人的には非常に勇気をもらいました。

 

 

 

 

2022/04/26

『意識』とは何か(ゴルフイップス解明にはかなり重要)

『意識』とは何か(ゴルフイップス解明にはかなり重要)

 

 

意識とは何か

 

言葉の定義や語源はWikipediaに任せますが、ある部分科学的にはいまだに定義は難しいところもあるそうです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E8%AD%98

 

「ミミズには意識があるのか」、もっと人間に近づければ「サルには意識があるのか」という議論も昔からされています。

 

心理学的には『思考』や『認知』という切り口でも言われます。

 

15年くらい前ですかね(確かではないです)、世界を驚かせる医学論文が出ました。

『意識よりも脳が先行して選択指令を出している』

という内容です。

 

これはいったいどういう事かというと、例えば、

 

それまでは、

【水を飲みたい(意識)】

【コップに手を伸ばす(指令)】

【水を飲む(行動)】

という段取りが起こっていると当然思われていたのが、

 

(ちょっと単純化してわかりやすく言うと)

『水を飲みたいという思いが意識にのぼる前に脳が水を飲む指令を出している』

という事がわかったわけです。

 

つまり、ある意味「意識は脳が選択したものを後追いして認めているに過ぎない」という事になります。

 

この後、世界中でファンクションMRIなどを駆使して似たような研究が行われ、この説を裏付ける事になりました。

 

これをもって、

『人間には自由意志は存在しない』

と表現する人もいるくらいです。

 

たた、そこで起こっている神経機構がどのようなものなのかという完全解明までには至っていません。

 

 

しかしここまででも、完全に言えることは、

高度なスポーツの動きは、前頭前皮質に任せてはいけないということです。

 

 

 

 

(これから徐々に核心に迫って行ければと思っています)

2022/04/20

才能を上回るための『教育』や『訓練』とは

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才能を上回るための『教育』や『訓練』とは

 

 

ということで、

高校や大学時代の環境では、あらゆる能力の者がどのように成功し、どのように挫折したのかをたくさん目の当たりにしてきました。

 

そこで感じた肌感覚としても、

『努力✖️才能」

という事では語りきれない何かを感じていましたが、この言葉がかなりヒントになっていると思います。

 

「なにも教育や訓練をしていない人間は、いくら才能を持っていたとしても周囲から必要とされる基準までたどり着ける訳がない。それほどまでに才能は万能ではない。」

 

古代ギリシャ時代の哲学者ソクラテスの言葉をプラトンが書き残しているそうで、才能を持っていても、『教育』と『訓練』が無いと才能があってもモノにならないと言っています。

 

ここで言う、

『教育』とは他者が与える受け身のもので、

『訓練』は自ら行う自発的努力、

という解釈が一般的です。

 

ここで深読みすると、

 

『訓練』とは、

トレーニングや反復練習をするという努力継続することが前提で、自ら高めるべきモチベーションも含まれている

 

『教育』とは、

文字通りエデュケーションだけではなく、ティーチングや自己のリソースに合った戦略(ストラテジー)を組むことも含まれている

 

ここまで補足出来れば、古代の知見を最新の脳神経化学や人体・運動生理学、認知・行動心理学に照らし合わせても矛盾しません。

 

 

 

熱心に誘ってくれた中学校の先生のおかげで、八村塁選手もバスケットボールで成功した訳で、

Aくんも例えばハンドボールに転向というストラテジーを組むことによってスポーツとしては噛み合ったかも知れませんね。

 

ということで、

結局「ゴルフ」はどうなのよ、ということですが、、ゴルフはそれほど身体のサイズなどのアビリティ的な意味の才能は重要ではありません。

例えばプロゴルファーは意外と体育の成績が良くない人が多い事がよく知られていますね。

誤解を恐れずに言えばある種の『感覚の鈍さ』も一つの素養として必要なのではないかとすら思います。

『教育』と『訓練』のための環境を整える重要性が相対的に高まるということになりそうです。

 

 

 

 

ちなみに昔のムーンサルトは、

【後方2回宙返り1回ひねり下り】

 

最新の進化版は、

【後方『伸身』宙返り『4回』ひねり下り】

身体を足先まで伸ばしたまま、ひねりを4回まで増やしたというかなりの荒技になっています。

 

 

おそらく今のところ選ばれし天才しかできそうにありません。

 

 

 

 

2022/04/15

努力なのか才能なのか、それとも?、、

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努力なのか才能なのか、それとも?、、

 

このようなことがスポーツではよく話題になります。

 

 

行動遺伝学の説をもとにすれば、能力や身体の特質は8割がた遺伝で決まるという身も蓋もない結論付けになっています。

ただ、環境および教育やトレーニングによってかなりパフォーマンスの質は左右されるというわかりにくい註釈も付け加えられています。

 

ここの、かなり難解な部分を削ぎ落として説明するとこうなります。

 

「昔、バイオリン演奏で言うところのビバルディのコンチェルトや、体操でいうところの、ムーンサルトは天才の所業であったが、環境やトレーニングによって今や中学生でも可能なパフォーマンスとなっている」

これは、環境及び教育やトレーニングの成果で高いパフォーマンスを発揮することが可能であることを示している例です。

 

ただ、

スポーツでは一方で残酷な一面もあります。

 

これは個人的な思い出ですが、、、

僕の通っていた高校はメジャースポーツからマイナースポーツまで盛んないわゆるスポーツ強豪校でした。

その昔メジャーなスポーツでは硬式野球とバレーボールではその昔全国優勝の実績がありました。

印象的だったのは同じクラスだった二人のバレーボール部員でした。

一人は、中学時代から実績のある運動能力抜群のA君。

もう一人は中学時代バレーボール経験のないB君。

レギュラーとして活躍したのは意外にもB君でした。

実は、A君は高校3年間、公式戦は1試合も出場できませんでした。

B君は高校2年からレギュラーとして活動し、大学に進学しても名門バレーボール部で活躍しました。

 

二人の運命を分けた違いは「背の高さ」だけでした。

ちなみにA君は175センチ、B君は194センチでした。

 

高校にはフェンシングやボート、重量挙げ、アメリカンフットボール、グランドホッケーなど、公立高校にはあまり見かけないマイナースポーツの部活も多く、

オーバーな表現をすれば入部すれば関東大会やインターハイに出れたりすることも当時はありました。

 

ちなみにもし、運動能力抜群のA君がそのような部活に転向していれば全国的な大活躍したであろうことは確信を持っています。

 

 

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